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衣紋道 高倉流 東京道場

衣紋道


国際文化学園創立50周年記念
2003年6月13日(金)
ご来場ありがとうございました。


国際文化学園創立50周年記念
十二單/JUNIHITOE
襲(かさ)ねの美


様 子

6月13日(金)から15日(日)までの3日間、東京・南青山のスパイラルホールにおいて、「十二單〜襲ねの美」というイベントが、本学園主催で開催されました。創立50周年を迎えた本学園が、その記念イベントの一環として企画したものです。

エントランスホールには、久邇宮様から御拝領いただいた本学園所蔵の十二単と衣冠装束、そして檜扇などの「物の具」が並び、ホール両サイドには、古い型紙をもとに再現した十二単が美しく展示されました。

そして、特設舞台では、十二単着装をモチーフとした、パフォーマンスステージが、約1時間ごとに断続的に上演されました。現代の雑踏に突如タイムスリップした平安時代の少女が、十二単にめぐり合って自分を取り戻し、再び千年の都に帰っていくというストーリー。モダンなダンスと、三味線、和琴のコラボレーションが、不思議な異空間を作り上げました。

十二単の着装は、本学園副校長の荘司礼子先生が担当。3日間で17回という大変ハードな着装でしたが、見事に演じられました。暗転の中、一筋の生明かりの中で、地歌のしっとりとした調べとともに、淡々と衣を重ねていく姿に、場内からは一様に感嘆の声が上がっていました。

3日間で、約1,800名もの方にご来場いただきましたが、そのほとんどが一般のお客様で、十二単に対しての関心の高さがうかがえました。今後も、一人でも多くの方々に、十二単に代表される日本の伝統文化にふれていただくために、このような催しを企画していきたいと思います。
国際文化学園 広報編集部 篠原博昭

内 容

平安中期に生み出された「十二單」は、千年の時を超えてなお、宮廷装束として、往時の姿をそのままにとどめています。そこには、文化、ファッションという枠組みを超越した何かが感じられます。

 現在の着物の原点とも言われている十二單は、着物を中心にした中世、近世の日本文化に大きな影響を与えましたが、能や茶道に代表される武家文化とは全く次元の異なった、まさに雅な様式美を完成させています。きわめて日本的でありながら、どこかエキゾチックな香りが感じられる、それが十二單の世界です。

 何枚もの衣を重ねることによって生み出される「襲ねの美」。その微妙な色の移ろいをテーマにしたパフォーマンスステージをご覧下さい。皆様を、平安の都と近未来とをつなぐ時空の旅にご案内いたします。

 また、本学園では、創立50周年事業の一環として、衣紋道高倉流・有職文化研究所のご協力のもとに、現存する古(いにしえ)の型紙に合わせ、糸の選別から染色法まで、すべてその時代のものを用いて忠実に再現いたしました。究極の十二單の華麗さ、重厚感をどうぞご覧下さい。


展 示

現存する古の型紙をもとに、当時の技法そのままに製作した十二單、宮様御拝領の十二單、束帯等の展示

ステージ

十二單着装を題材としたパフォーマンスステージ。十二單の着装(衣紋)をショー形式でご覧いただきます。

日 時

2003年6月13日金曜日13:00〜20:00
2003年6月14日土曜日13:00〜20:00
2003年6月15日日曜日12:00〜18:00

会 場

スパイラルホール(南青山)
東京都港区南青山5-6-23
TEL/03-3498-1171[代表]
地下鉄表参道駅(銀座線・千代田線・半蔵門線)B1出口前

入場料

前売券/800円 
当日券/1,000円

前売券は「チケットぴあ」及び「ファミリーマート」、「セブンイレブン」、「サンクス」にてお買い求めいただけます。当日券は、スパイラルホールにてお求めください。

チケットピア
全ジャンル   0570-02-9999
Pコード予約専用03-5237-9966[Pコード684-125]

※上記3日間のうち、1日のみ有効
※パフォーマンスステージは、約1時間ごとに繰り返し上演いたしますが、基本的に入れ替え制とさせていただいております。詳しくは、下記事務局までお問い合わせください。


お問い合わせ

国際文化学園 事務局
TEL/03-3462-1448
主催/学校法人国際文化学園 国際文化理容美容専門学校
〒150-0045 東京都渋谷区神泉町5-3

十二單とは?

十二單の「単」とは、もともと肌着であった衣のことをさし、単の上に、例えば「褂」を八枚重ねると「八ツ單」となり、十枚なら「十單」、十二枚で「十二單」となります。実際には、単の上には「五衣」「打衣」「表着」「唐衣」を重ね着ますが、ここまでで八枚、裳を数に入れても九枚で、十二枚ではありません。十二單とは俗称であり、正式名称は「五衣・唐衣・裳」といいます。

 単の上にまとう「五衣」の一大特徴として、単の色との組み合わせによる「重ね色目」が挙げられます。平安の大宮人たちは四季移り変わる自然を、重なり合う衣の色に託しました。五衣の重ねの色は季節をあらわす重要な意味を持っています。ただし装束の色目の名については、表地と裏地、あるいは縦糸と横糸との色の組み合わせをいうこともあります。

 五衣の上には「打衣」、その上には「表着」を重ねます。衣のつけ方は、単から表着まで同じ動作の繰り返しとなります。そして表着の上に「唐衣」を重ね、続けて「裳」をつけて仕上げます。十二單の着装で興味深いのは、十二單は最終的にはたった一本の紐で留められているということです。十二單のバランスの見方については、「小ぢんまりと愛らしく」とされています。


十二単の構成


長袴(ながばかま)

平安時代の貴族は、男女とも、どの装束にも必ず袴をつけました。女性の袴には、足の出る「切袴(きりばかま)」と、足の出ない「長袴」とがあります。十二単では長袴をつけます。長袴の色は、未婚、既婚などによって異なります。これは時代によって差異がありますが、現在では、未婚から、結婚して第一子出産までは「濃色(こきいろ)」=深い紫、それ以後は緋色(ひいろ)とされています。

単(ひとえ)

小袖(肌着)、長袴の上に着る「単」は、もともとは肌着として用いられていました。袖口の大きく開いた薄物の単は、夏には大変気持ちの良いものですが、寒い冬には適していません。そこで、その下に肌着として小袖を着るようになったのです。肌着であった単が、小袖の出現によって、十二単の基本構成単位となりました。

五衣(いつつぎぬ)

単の上には五枚の衣をまといます。それを「五衣」といいます。それぞれの衣のことを褂(うちき)といいます。褂とは、「ちょっとはおるもの、着るもの」という意味です。

 この五枚の衣の色の重なりを「襲ね(かさね)」と呼びます。「萌黄(もえぎ)の匂い(におい)」、「紫の薄様(うすよう)」、などの言い方で、四季移り変わる自然を表しています。匂いとは単色の濃淡、すなわちグラデーションのことを意味し、薄様とは、その濃淡に白を加えたものをいいます。

 平安時代末の「装束抄」を見ると、襲ねの色目は五十数種を超え、季節を表す、重要な意味を持っていたことがわかります。襲ねの色目は、十二単に限らず、男性の装束である「狩衣」にも見られます。本来スポーツウェアであった狩衣が、平安時代には色目を楽しむ華やかなものとなりました。


打衣(うちぎぬ)

もともとこの名は、紅染めの綾織物を砧(きぬた)で打って、柔らかさと光沢とをもたせたことによります。その後、実際にはそのようなものではなくなりましたが、名前だけが残っています。

表着(うわぎ)

これまで重ねて来たものの「上に着る」という意味から名づけられました。地紋に立体感を持たせるために文様部分の横糸を浮かせて織った「浮織物」などの、豪華な織物が用いられています。

唐衣(からぎぬ)

もともと中国からもたらされた衣服なので、日本的になったとはいえ、唐の国の衣服ということで「唐衣」と呼ばれたようです。この唐衣は、十二単の中でも大変重要な意味を持ちます。身分のある人の前では必ず着用しなくてはならないもので、たとえ五衣や打衣、ときには表着が省略されることがあっても、唐衣は、決して省略されません。

裳(も)

唐衣の背に「裳」を当てます。もともと腰に二重に廻して着けていましたが、のちに一重になり、さらに後の部分だけが残りました。平安時代、女性の成人式は、この裳をつけることで行われました。

檜扇(ひおうぎ)

日本の衣食住文化は、そのほとんどが大陸からもたらされたものといわれますが、檜扇については、数少ない日本オリジナルであるといわれています。本来は風をあおぐものではなく、笏(しゃく)や木簡(もっかん)のような、物事を書き留めておくものであったという説もあります。その後、朝鮮半島から大陸にわたった扇は、その後日本に逆輸入され、現在の末広(すえひろ)に変わりました。

十二単の色について

 十二単を、他の国の民族衣装と比較した場合、その最も顕著な特徴として挙げられるものは、色の配合といわれている。袖口、襟合わせ、裾回しに見られる、「襲ね」と呼ばれるものである。「襲ね」の色目は、十二単の中心的役割を果たしている「五衣」の配合形式により、「匂い」とか、「薄様」といった名前がつけられている。匂いとは、同系色を下から上へ順次濃くしていくもので、つまりグラデーションである。薄様も同じくグラデーションをかけているが、下の二領だけ白を用いている。

 一般的に、十二単は、その華やかさが称えられるが、「襲ね」そのものは、むしろ微妙な濃淡が特徴であって、華やかさという表現はあたらない。むしろ、単色系の婉然としたものである。十二単が華やかに感じられるのは、「襲ね」の部分と、その他の衣、たとえば長袴、唐衣等とのコントラストによるものであって、色彩が強烈であるためではない。この「襲ね」の色目は、何を手本としたのか。ただいたずらに色を並べたわけではなく、単純に色の濃度を上げて行ったわけではない。そのことについて、長崎盛輝氏は「色・彩色の歴史」の中で、次のように書いている。

 「我が国は南北に細長くのびる島国で、寒帯と熱帯の中間の温帯に属し、気候は温和、春夏秋冬の四季に恵まれ、その間霞・霧・雨・雪を見る。草木は四季の変化に応じて発芽、開花、青葉、紅葉、落葉して色を変え、ある時は多彩の、ある時は単色調の環境色をつくる。また、季節の移り変わりによる温度の変化は、春の温暖、夏の暑、秋の清涼、冬の寒と漸次推移的で、その変わり目の早春・初夏・初秋・初冬は前後の季節が重なり合う。こうした漸層的にしかも対比的に移り変わる自然環境への融和を第一とした平安貴族は、人工の美は自然があらわす美の理法に従わねばならぬと信じた」

 日本の自然は、劇的に変化することは少ないが、しかし確実にその姿を移ろいで行く。その緩やかな安定感に、平安人は、畏敬と親しみを覚えたことであろう。自然にこそ真の美しさを求めるべきという考え方は、誤解を恐れずに言えば、日本人の宗教観にもつながるものではないか。日本の一般的な宗教観では、キリスト教やイスラム教のような絶対者を求めない。仏教にしても、インドや中国のそれとは、相当趣を変えていて、やはり絶対者という概念は薄い。日本人が、もし絶対の存在を認めることがあるとすれば、それはやはり自然の中にこそ求めるしかなかった。それも、絶対という言葉が不適切と思われるほど、やわらかく、あいまいな存在として。

 平安人は、その自然が持つソフトなエネルギーを、「襲ね」という色の組み合わせで表現し、ただ自然を模すのではなく、自然そのものに融和することを試みたのである。そして、十二単こそ、その一つの完成形であり、それは単なる様式美を超越した、「揺るがぬ移ろい」とでもいえる永遠性を具備したものではなかろうか。


十二考

 十二単とは実は俗称で、正式には、「女房装束」、あるいは「唐衣裳」という。それが十二単と呼ばれたのは、一つには文字通りの意味で、十二枚近い衣を重ねたことに由来するのであろう。「十二分」などという言葉があるとおり、十二には「たくさん」という意味がある。それとは別に、「十二」が冠されている言葉を並べると、興味深いことに気付く。

 一日を十二等分したものが「十二支」。そのもととなった中国の暦法を「十二宮」。一年は「十二ヶ月」。平安京の大内裏は四方を「十二門」で囲まれ、日本の雅楽の旋律は、12音を1オクターブとする「十二律」という形式を取る。薬師如来の眷属は「十二神将」で、熊野三社には「十二所権現」が祀られている。キリストの弟子は「十二使徒」であり、ギリシャ神話には「オリンポス十二神」が登場する。

 他にも「十二因縁」、「十二天」、「十二経」などという言葉があるが、おしなべて「十二」という数は、まとまりと循環(繰り返し)を表し、それもどちらかといえば宗教的な匂いのある領域に用いられることが多いようである。洋の東西を問わぬところが面白い。

 これらのことを強引に十二単に結びつけるつもりはない。しかし、唐衣裳と呼ばれるものが、十二単として人口に膾炙されたこと、しかも宮廷の装束が下々にまで知れ渡ったということの背景には、十二単というネーミングの妙があると感じられてならない。こじつけついでに言えば、さきほど述べた、「襲ね」で平安人が表現した「揺るがぬ移ろい」といったものこそ、まさに十二という冠称をつけるにふさわしいものではないだろうか。


展示された十二単

展示しました十二単は、いにしえの時代から伝わる型紙をもとに、染織、刺繍、すべてにおいて手作りで、しかも往時の製法そのままに再現したものです。写真では感じとれない、浮き上がるような質感は、現代の染織技術ではなかなか生み出すことのできないものですが、それはたとえば織糸を見れば分かります。普通の糸のように撚りをかけて強くしたものであれば、丈夫で生産性も高まります。

 しかしこの十二単では、撚りをかけない糸を何本か引き並べて、それでざっくりと織り上げてあります。これによって、刺繍のようなすばらしい浮紋がうまれますが、その代わり、非常に繊細でたおやかな、つまり脆弱なものである宿命をもっているのです。贅沢といえば贅沢なものですが、そこにこそ、十二単の、究極美といわれる由縁の一端を見ることができるのではないでしょうか。


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